野火止用水。

野火止用水の秋の深まった風景です。
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埼玉県新座市の野火止用水を散策しました、史跡に指定されているこの用水は標識に次のように記載されています。
「野火止用水は承応4年(1655)に、川越城主であった松平伊豆守信綱により、武蔵野開発の一貫として野火止台地開発のために開削された用水路で、開拓農民が必要とする生活用水の確保を主目的としたものです。」

この用水は玉川上水から分水され新河岸川まで全長25キロメートルに及ぶ水路です、新座市付近の水路はその後一部暗渠にされてしまった箇所もありましたが、その大部分が開渠で紅葉した樹木もありなかなか楽しい散策路です、


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水路は一部コンクリートや護岸で固められていますが、その多くが木杭で出来ていて植物と調和していい風景と成っています、水路には鯉が泳いでいて、雑排水が流れ込まないように維持されているようでした。
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関越道は水路橋で横断しています。
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この記事へのコメント

2006年12月01日 21:46
こんばんは。以前新座市の平林寺に出かけたことがありましたが、野火止用水が中を通っていたと記憶してます。此処には、松平伊豆守信綱のお墓もあり、色々散策して見るところがありました。
画像の三枚目は自然と調和していますね。鯉も何匹も泳いでいて雑排水が流れ込まないように維持され、用水路は全長25キロメートルなんですか。
今回も、写真に写ってらっしゃるリュックを背負った方達とご一緒の散策で、散策距離はどのくらいだったのでしょうか?草も木々も紅葉が見られて綺麗だったのですね。
2006年12月02日 00:48
野火止用水は承応4年(1655)に、開削されて、それが現在まで保存されているのは、凄い事だと思います。イギリスに来て古い歴史ある物が大事に保存されているのを見て、日本もかくあるべきだと、思っていた所なのです。そんな用水路沿いにウォーキング路が出来ているのは素晴らしいですね。
OSAMI
2006年12月02日 01:39
一花さん今日は、
ウォーキングは清瀬駅から歩き始め、野火止用水を歩き平林寺で昼食をとり新座駅まで歩きましたから、歩行距離は約10キロメートル位だったと思います、画像に後姿があるのが今回のメンバーの一部です。
OSAMI
2006年12月02日 01:47
デコウォーカさん今日は、
日本でも水路が暗渠になり上を道路にしている所が多いように思いますが、ここではその大部分が水路として保存されているところが素晴らしいと思います、流れている水は現在は利用されていないように思います。